2023年 11月 5日(日) ヨハネによる福音書18章1節~11節 大澤正芳牧師
今日は午後から「聖書黙想」を主題とした修養会をいたします。
「楽しい聖書黙想入門」という軽めのタイトルを付けておきながら、かなり長い講演資料となってしまいました。端折りながらでなければ、私の持ち時間を確実にオーバーしてしまうと思います。
先に、申し上げておきますが、講演資料は講演の内容を一字一句記した形で用意していますので、時間の都合上、飛ばした部分は、後で各自読んで頂けば補うことができると思います。
しかし、かなり長い資料になりましたが、実はそれでも足りないと思っています。
何よりも、講演の終わりの部分で、聖書黙想の実際について、私の聖書黙想の実例を示せればと願っていましたが、さすがに、資料の分量が大きくなりすぎるので、やめました。
そこで、むしろ、講演に先立つこの礼拝において、黙想的な説教ができればよいと思いました。
かつて改革者カルヴァンのある研究者から学んだことがありますが、カルヴァンの説教の一つのタイプとして、聖書黙想的なものがあったと聴きました。
聖書黙想的と言うのは、注解書や、解説書を手に取らずに、ただ聖書だけを開いて、与えられた個所を読んで味わいながら、聖書の一節一節を素朴に噛みしめて行くようにして、読んでいく聖書の読み方のことです。
その黙想を分かち合うようにして、改革者カルヴァンは、毎朝の礼拝で説教をしていたと聞いたことがあります。
実は、すべての説教は、何よりも、説教者の書斎において、この素朴な聖書黙想から始められるべきものです。
カルヴァンに限らず、その最初の黙想をそのまま語っていくこともまた、一つの説教の仕方であります。
説教学の学びの中では、これを「第1の黙想による説教」という言い方で呼びますが、私が今からここで説いていくような形での聖書の読み方が、いわば、今日の午後からの講演において、私が皆さんに改めてお伝えしようとしている「聖書黙想」における聖書の読み方だとご理解いただいても良いと思います。
聖書黙想のやり方は、まず与えられた聖書箇所を最初から一節づつ、ゆっくり丁寧に読んでいきます。
今日与えられました一節は、次のように始まります。
「こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。」
先週で、ついに第17章を読み終え、今日から第18章に入りました。
直前のところまで何が書かれていたか?ここから場面が変わりますが、直前までは、どんな場面であったのか?
第13章から、最後の晩餐の場面が始まり、第17章まで、その場面設定が続いていました。
最後の晩餐の食卓に着く前に、まず身を屈めて弟子たちの足を洗い始められた主イエスのお姿がありました。
それから、主イエスの遺言とも言うべき弟子たちへの言葉が続きました。
そして、先週まで私たちが聞きました第17章においては、主イエスの祈り、御父と御子の親密で秘密な会話の真ん中に、弟子たち、私たちも招かれたような主イエスの祈りのお言葉をお聴きしました。
全ては、最後の晩餐の席での出来事でした。
そこから場面は一転し、「イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。」と始まります。
キドロンの谷というのは、キドロン川の流れる谷であり、エルサレムで一番低い場所のようです。
YouTubeを開きますと、このキドロンの谷をずっと歩きながら、紹介してくれる動画があります。主イエスの足跡をたどるような気持ちで視聴しました。
キドロンというのは、ヘブライ語で、「暗い」という意味であり、深い谷だから、「暗い」と名付けられたとも、また、ユダヤ人のお墓がある場所だから陰府に近い場所として、「暗い」と名付けられたとも言われているそうです。
キドロン川に沿って続くその深い谷間の中に園があり、主イエスと弟子たちはその中に入られたとあります。
その動画にも出てきました。この園がオリーブの油絞りの園と呼ばれる「ゲツセマネの園」のことなのです。
この一節の言葉を改めて、読み返すとき、最後の晩餐を終えて主イエスが向かったゲツセマネの園というのは、ヨハネによる福音書によって、キドロンと呼ばれる谷にあった場所と指示されていることに、心が留まります。
墓が立ち並ぶ谷、エルサレムで一番標高の低い暗い谷に、主イエスは向かわれたのだというのです。。
ここまで読んできた直前の箇所において、「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。」と、父に祈りながら、主イエスが歩み始めた栄光の道とは、深くて、暗い、私たち人間の墓が立ち並ぶ谷底に向かっての歩みであったということに、心が動くのです。
そして、主の弟子たちもまた、主と共にその谷へと降りて行ったのです。ここに、教会の姿があると、私は思います。
さて、続けて2節を見ると、主イエスと弟子たちが出て行かれた谷の向こうがにある園というのは、主が弟子たちと共に度々訪れた場所であったと語られています。
この時の主イエスの歩みは、決定的な栄光の時に踏み出した歩みであり、それが「暗い谷」と呼ばれる場所を目指したものであったということは、なんと象徴的なことであるかと読みましたが、2節を読みますと、その場所は、主イエスが、「弟子たちと共に度々集まっておられた」ところであることをも教えられます。
この記述から、そこは弟子たちとの思い出がつまった場所だったのだなあと思い巡らします。
今までも、いつもいつも主は、暗い谷へと下ってくださったのです。
そこで、弟子たちや、群衆と、共に祈り、語り合ってくださったのです。
直前の箇所のように食卓を囲んでの忘れがたい時間もありました。しかし、また、深い谷間で主イエスは弟子たちと祈り、語り合ってくださったのです。
彼らの生きる場所の、あちらもこちらも主イエスと共に歩んだ思い出の場所があるのです。
私はこのように聖書を思い巡らしながら、私達にも、私達が主イエスとの思い出を重ねてきた場所が、たくさんあることを思い起こします。
私達の歩みにおける、主イエスの言葉が響いてきたあの瞬間、あの場所、主がこの私と共にいらっしゃることをはっきりと悟らされた、主が生きておられることを深く知った経験が特定の場所と共に、私たちの記憶にも刻まれていることを思い出します。
この教会の牧師として思い起こします。この教会での様々な場面、また、ご自宅や、病院、最後の枕辺に教会の仲間を訪ねたあの瞬間、この瞬間、この場所、あの場所に、私と主との思い出がこの町にもあちらこちらに刻まれていると。
皆さんにとってもそうではないでしょうか?
3節に移ります。
物語は一気に不穏な展開を迎えます。
3節は、「それで」という小さな言葉と共に始まります。
けれども、この小さな言葉は、簡単に読み飛ばすことができないざらつきを持った言葉のように、私達の心に引っ掛かります。
「それで」とはどういうことでしょうか?
主イエスが弟子たちと共に度々訪れた場所であったから、ユダもよく知っていたということでしょう。
ここで私は主イエスと出会った。ここで私は主イエスと共に生きた。ここで私は主イエスと共にあるというその場所だった。ユダにとっても、そのような場所であったからこそ、主イエスを捕らえる手引きをすることができたのだということでしょう。
ユダがなぜ、主イエスを裏切ったのか、ここには何も語られてはいません。しかし、松明、灯火、武器を手にした兵士たちと祭司長たちと共に来たその姿から、強い怒り、並々ならぬ決意を感じます。
彼がこのような強い決意を抱いて主を裏切るのは、彼自身が、主イエスに同じようにひどく裏切られたと感じている心の反映であるように思われます。
本来ならば親しい者に対して、このような暴力的な態度で望む者は、その者自身が、その親しい者に裏切られたという強い怒りを覚えているせいであることは、私たちも自分自身の体験としてよく知っていることではないでしょうか。
けれども、主がユダに不誠実であったことは、もちろん一度たりともないのです。
13:1において、「イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」と語られる時、この裏切りのユダも含まれていました。
ユダは主にその足を洗われてから、最後の晩餐の席を主と囲んでから、主を裏切るために出て行ったのです。
数年前、みずき牧師が、『アレテイア』という牧師のための黙想の雑誌の特別号に書いた文章の中で指摘していたことを思い起こします。
みずき牧師は言います。ユダもまた、第13章から始まる最後の晩餐の食卓で身を屈めた主イエスからその足を洗って頂いたのです。主イエスはそのようにユダに対して最後まで誠実を尽くされ、この上なく愛されたのです。そしてこの洗足の出来事は、十字架の象徴であり、また、洗礼の象徴でもあったと。
私たちが勝手に作り出して主イエスに押し付けた主イエスの理想像、それこそ偶像と呼ばれるべきものでしょうが、その偶像が崩される時、私たちは本当の主イエスに怒りを覚えてしまいます。
主イエスの弟子とされながらも、主イエスを捨てようとしてしまうことがあるのです。
けれども、主イエスは、そのような私たちに対しても、誠実を尽くし、最後まで愛し抜いてくださるのです。
今、教会から離れているあの人、この人の顔が思い浮かびますし、また、この自分自身が、主に勝手に失望する者でありながら、主に愛し抜かれている当の人間であることを、思い巡らします。
このような私たち人間に対する主イエスの消えない誠実を思うと、ここで私たちは絶句してしまいます。
その言葉から溢れ出している主イエスの心の前に、ただひたすら何十分でも、何時間でも、何日でも、その言葉に心を打たれて、思い巡らす他ないと思います。
その裏切り者への愛の深さは、4節の「イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ…」という言葉において、頂点を極めていると感じます。
私はもう、ここで説教壇から降りてしまい、皆さんがこの言葉をどうお聞きになっているか、どう受け止めておられるか、一人一人に語って頂きたい思いに駆られます。
いいえ、ここから降りて聴いて回らずとも、この主イエスのお心を前に、目に涙をためて、言葉を詰まらせてしまうだろうあの人、この人の顔が思い浮かびます。
だから、残りの礼拝の時間、修養会の時間の全てを使って、この聖書の言葉「イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ」というその主のお心を、静かに味わい続けたい、そうすれば、それはどんなに深い慰めの時間になるだろうかとさえ、思わされます。
もしも、自分一人でしている黙想であるならば、先に進まず、いつまでも、ここに留まって、この御言葉をひたすら味わうことも許されることです。
しかし、なお、この礼拝の中では、許された時間、与えられたみ言葉に耳を傾け続け、私の黙想をお分かちして行こうと思います。
続く5節、6節の言葉は、先ほどのこれから起こることのすべてを主が知っておられたという4節の言葉を、さらに強調するように、主イエスが、その無力のゆえに、捕らえられたのではないということをはっきり教えてくれます。
剣を帯びた人間たちによって捕らえられるこの時こそ、主イエスの神性、主イエスの神であられることが、余すところなく、表れていたことをヨハネは証しします。
すなわち、御自分を捜す者たちに向かって「わたしである」「わたしである」との主のおこたえ、これは、神の顕現の言葉、神の自己紹介の言葉として聴かれるべき言葉です。
これは、出エジプト記3:14において、燃える柴の中からモーセに呼び掛けた主なる神さまの自己紹介の言葉と同じ言葉なのです。
「わたしはある。わたしはあるというものだ。」
ギリシア語ではエゴ―エイミー、英語では、I am,「わたしはある、わたしである」。
これがモーセに語られた神さまの自己紹介と同じ種類の神さまの顕現の言葉であるのは、この主イエスの言葉を聴いた人々の反応からもわかります。
彼らは、この主イエスの言葉を聴くと、「後ずさりして、地に倒れ」てしまったとあります。
剣を帯びた者たちは、主の言葉の重さに耐えかねて、倒れてしまったのです。
主エスは無力の内に逮捕されたのではないのです。
その御力が溢れ出し、そのお言葉の重さに人間が耐えきれず、倒れてしまうその神の力の顕現の内に、御自分の決断、御自分の御心として、逮捕されることを良しとしてくださったのです。
まさに第17章の主イエスと御父の祈りの言葉の通りに、これは栄光の時なのだと思わされます。
父の御心に従って主イエスが最後まで愛し抜かれた人間が滅びないように、一人も失わないように、御父と御子が、最大の力を発揮されるその特別な時なのです。
主イエスと御父は対話しておられました。主は祈られました。
「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。」
(17:15)
8節後半から、9節をご覧ください。
「『わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。』それは、『あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした』と言われた言葉が実現するためであった。」
ここまで読み進め、少しづつ、思い巡らしてきた中で、私は真に今日の聖書箇所は、今日のために私達に与えられた生ける神様の御言葉であることを深く確信いたします。
今日の午後から私達が学ぼうとしている聖書黙想というのは、御言葉によって私たちにも同じことが起きるということでしかないのです。
聖書の言葉が、生ける神の言葉、生ける主イエスの言葉として立ち上がってくる時、私達はその力ある言葉によって打ち倒されるのです。
私達は自らそれを望んで、それを求めて、聖書の言葉に耳を傾けます。
それゆえ、私達は、打ち開かれて私たちに届く主の生ける言葉の前に、無理やり打ち倒されるのではなくて、喜んでひれ伏します。
しかし、聖書黙想において私たちに起こることは、今日の箇所で剣を帯びた者たちの身に起きたことと、本質的には同じことです。
主がその御言葉を語られる時、その主の御言葉の重みのゆえに、私達は、打ち倒されるのです。ひれ伏すのです。
私達の聖書黙想の大前提、決して忘れることのできない所与の事実がここにあります。
聖書の言葉が生ける神の言葉となるのは、私達の試行錯誤や、方法論によってではなく、神ご自身が、その栄光を露わにされることによるのです。
神ご自身が、その言葉を生ける神の言葉として聴かせることを意志し、私達の胸に届けてくださることによるのです。
このような重い主の御言葉に出会うことは、主の御前に新しくひれ伏すことを願い、何度も私たちを悔い改めさせてくださる御言葉に喜んで向かう私達、主の弟子だけではなく、剣を帯びて主に向かう者にとっても、思いがけず突然、主の言葉に出会い、打ち倒されることは、実は、幸せなことであるということは、使徒言行録のダマスコ途上のパウロの姿を思い起こせば十分であると思います。
私達を打ち砕く主の言葉は、どんなに私達を打ち砕くものであったとしても、生かすための言葉なのです。
10節、11節の言葉をゆっくり黙想していく時間はもうありませんが、11節の最後に語られる主イエスのお言葉を味わいたいと思います。
「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」
共観福音書が記録するゲツセマネの園で献げる主イエスの祈りに耳を傾けるならば、この杯は、主イエスが血のような汗を滴らせながら、できるならば、取り去ってくださいと願った苦い杯です。
このような共観福音書の記述は、主イエスが引き受けなければならなかった十字架がどんなに重いものであるか、その十字架の重さとは、私達自身の罪の重さであり、私達が救われるためには、神さまがどんな大きな犠牲を払わなければならなかったかのしるしであります。
けれどもまた、ヨハネによる福音書におけるその園での逮捕の一連の出来事と主の御言葉は、その苦い杯が、同時に主イエスにとって栄光の杯であり、また、喜びの杯であったと、受け取ることが許されているのではないかと、私は思い巡らします。
主イエスがこの苦い杯をお受けになるのは、17:13では、「わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるため」と、お語りになっておられました。
十字架という苦い苦い杯、しかし、それは、主のものである人間が、一人も失われることなく、御父と御子の交わりの奥深くに迎え入れられ、御父と御子の内に行き交う喜びを味わうためのものであり、神ご自身がそれを御自分の喜びとしてくださるその交わりが実現するために主が飲んでくださったその杯なのです。
今から祝います聖餐の杯とパンは、まさに、主自らがその苦い杯を飲み干されることによって、御父と御子が私達の前に整えてくださった命の交わりの食卓です。
このパンと杯に与る時、主ご自身が私達に近づかれ、私達に触れられるのです。
この食卓は、主の者である全ての者に開かれています。自分はふさわしくないと身を引く必要はありません。ふさわしくない者を主は、身を屈めて洗ってくださいます。
洗礼の水によって、主御自らに洗って頂き、誰でも、どんな者であってもこの食卓に着くことができるのです。
祈ります。
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