朝、漠然とした不安を感じつつ目が覚めたことがあります。
この不安はどこから?
原因は何?
すぐに思い当たることがありました。
ピアノの発表会が1週間後なのに全然できていないのです。
このままでは大勢の観客の前でみじめな姿をさらすことになります。
ああーどうしよう。
でも、すべてを神様に頼ることに決めました。
自分の努力より先に神様に祈りました。
ピアノのことなんかで祈ったことはなかったのですが今は非常事態です。
神様はよい知恵を授けて下さいました。
神様は
「わたしたちの内に働く御力によって、
わたしたちが求めたり、思ったりすることのすべてを、
はるかに超えてかなえることのおできになる方」
(エフェソ3:20)ですから、神様に信頼しようと決めました。
すると、いい方法がいろいろ浮かんできたのです。
私の場合はピアノの先生でなく、友人の指導も受けました。
そして練習のポイントをつかみました。
友人が教えてくれたポイントは
「とにかく最後をしっかり弾くこと」でした。
「終わりよければ全て良し」で、聞いていた人が前の失敗を忘れてくれる(?)のでしょうか?とにかく最後をしっかり弾けるように練習しました。
それから神様はまだいろいろささやいてきました。
「楽譜の構成を見つめ直せ」
私は先生からいただいた楽譜をコピーして切り貼りして楽譜を見直しました。そして、弾きやすいように構成し直しました。
「困難は分割せよ」とは井上ひさしさんの『ルロイ修道士』の言葉ですが大好きな言葉です。問題を小さく区切ってステップアップしていくのです。①最後の3小節 ②間奏の4小節・・というふうに。「ここだけ」「ここだけ」と思いながら練習しました。
そうやって練習していると不安感は消えていきました。
神様がそばについていていろいろ心配し教えてくれるからでしょうか。
さて、当日・・・
ピアノの発表会は実力通りのみじめな結果でした。でも発表会の前に私は完全に弾くことができるようになりました。神様、ありがとうって思いました。発表会では悲惨でしたけれども、神様は私たちにいつも最善のことをしてくださいます。ですから私の心には平安があります。
まあ、ピアノは趣味の世界ですからいいのですけれど、現実にはもっと切羽詰まった問題がいろいろあるでしょう。
決められた期日までに完璧にやりたいですよね。
それにはやはり日頃の努力がかかせません。
毎日神様にそのことができるように祈ること、
神様から示されたやるべきことを紙に書くこと。
これでたいがいのことはできるようになると思います。
努力をするための魔法の言葉があります。
やるべきとわかっていてもやりたくないときに、するっとやるべきことができる言葉です。
「始めが半分」と「困難は分割せよ」です。
「やるべき」と思うだけでイヤになってしまうことがあります。そしてずるずると問題を先送りします。でも、「始めさえすればそのことの半分が終わっている」といわれたらどうでしょうか?気持ちが楽になるでしょう。とにかくやり始めればそれでいいのです。
大きな問題では、問題を分割することも大切です。階段を低くして一歩一歩歩んで下さい。そうすることでもっと楽しく問題に取り組むことができるでしょう。
目標が高すぎないかも検討して下さいね。そしてそもそもそれが本当に「やるべき価値のあることなのか」も考えてみましょう。
そしてすべてを始める前に神様に祈りましょう。なすべきことをきっと教えてもらえるでしょう。
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