「贖罪論②語源から」 2023.7.2 具体的な贖罪論の諸パターンをご紹介する前に、「贖罪」という言葉の意味を語源に遡って少し確認しておこうと思います。 日本語の贖罪という言葉は、「罪を贖う」ということですが、今は、あまり日常生活では使わない古い言葉です。 漢字の起源から見ますと、「贖」という文字の貝ヘンは、古代のお金を表し、それに旧字の「売」というツクリが付きます。ここから想像できますように、「贖う」とは「代価を払って買い取る」ことを意味しています。これは、聖書原語でも同じで、旧約の書かれたヘブライ語で「贖い」を意味する「ガアル」という単語は、放っておけば失われるかもしれない家族の名誉、土地、財産を保護するために、親族の一番近い者が責任を持って、その財産を「買い戻す」という意味があります。 その典型例は、ルツ記です。 また、もう一つ「贖い」と訳されるヘブライ語「パーダー」は、「身代金を払って解放する」というのが元の意味であり、奴隷状態であったイスラエルのエジプトからの解放、また、神の取り分であると信じられる長子を神に捧げる代わりに、規定の動物の犠牲を捧げることによって買い戻す時などに用いられる言葉です。 特に後者は、元々、一般的な経済用語だと言われます。ギリシア語の「贖い」を意味するアポリュトローシス、リュトロオーという言葉も、「身代金との引き換えによる解放」というのが、元々の意味です。英語では、これらに対応して、ランサムやリディームという言葉が使用されますが、独特なのは、Atonement(アトーメント)という言葉でも、キリストの贖罪が表現されることです。それは、at-oneの状態、疎遠になった二人の人、二つのグループの、和解し、一致した状態を言い表す表現です。 いづれにせよ、贖罪とは、私たちの罪によって、天の父なる神様から引き離されていた私達が、キリストの十字架によって罪を贖われ、主なる神さまと和解し、関係を結び直されることを意味します。私たち罪人が、キリストの命という高価な代価によって罪を贖われ、主なる神さまのものと成り切るのです。 このキリストの貴い命の代価、誰が誰に、どういう理由で支払うものか?これを聖書から聴き取り、理解し、表現しようとするのが、贖罪論の諸パターンです。 |
コメント