教会の歴史

 1886年(明治19年)10月9日、長尾巻を主任者とする13名が金沢教会から分かれて、まだ福音の伝わっていない金沢東部に殿町教会を設立しました。金沢の東西から伝道の感化を及ぼそうとしたのです。

  初代牧師長尾巻には多くの逸話があります。

長尾 巻
長尾 巻
トマス・ウィン
トマス・ウィン

  長尾巻の父長尾八之門は、加賀藩の奉行でした。幕末から明治初期にかけて浦上四番崩れといわれる長崎キリシタンの迫害が起こり、おおくのキリシタンが流罪となりました。金沢にも500名を超えるキリシタンが送られてきました。

 長尾八之門は卯辰山でその監督の任にあたったようです。そして「極悪人」といわれていたキリシタンの生活を間近に見て、決して「極悪人」ではないことを確信しました。その後トマス・C・ウィン宣教師が金沢に来るや、毎晩のようにその説教を聞きました。そして1年後、トマス・C・ウィンより洗礼を受けます。

 親孝行で加賀藩主より褒美を受けたこともある長尾巻は父が受洗したのなら、自分も受洗するのが本当だと訳も分からず「すぐに洗礼を授けてください」と訴えたそうです。しかし、意味も分からずに洗礼を授けることはできないと言われました。2ケ月後、受洗した巻は後に金沢元町教会の初代牧師となります。

 長尾巻は大変すばらしい伝道者でした。金沢元町教会の4代目牧師を辞任後、愛知県豊橋で牧会をしました。賀川豊彦が神学生の頃、親身にお世話をしてくれたのが豊橋にいた長尾巻一家でした。賀川豊彦は次のように書いています。

「彼は日常生活において、神と歩く純粋なる生活をしていた。彼の顔を見ただけで宗教芸術の感覚が与えられた。私は彼が完全なる生けるキリスト教芸術であると思っている。日本にもこういう奥床しい聖徒が存在し得たかと思うと、いつもうれしい気になる。」

これは「歓喜の聖徒 長尾巻物語」に書かれています。

 三浦綾子は「天の梯子」という本の中で長尾巻について

「迫害と貧しさの中にあって信仰と愛に燃えていた」と書いています。

 

 殿町教会はその後、1953年に金沢彦三に移転し金沢彦三教会と名称を替えました。

 1975年12月には「伝道の火を更に東へ」という教会創立以来の聖なる幻に導かれて、金沢元町に移転し、名称も金沢元町教会とし、現在に至っています。

金沢元町教会は、2016年10月9日(日)創立130年を祝いました。また、その年に全国連合長老会に加盟しました。

 

 

歴代の牧師

初代、四代 長尾巻(1986~1890)(1902~1905)殿町教会創立 

二代 伊藤貫一(1890~1892

三代 毛利官治(1893~1902) 

五代 戸田忠厚(1905~1911

六代 深津基一(1911~1915

七代 藤本保巳(1915~1919)

八代 中村慶治(1920~1929)

九代 宮庄道夫(1929~1932)

十代 麻生隆義(1932~1934)

十一代 福田忠次(1934~1937)

十二代 鳥田四郎(1937~1939)    

十三、十五代 岩井修二(1940~1944)(1946~1951)

十四代 須貝(岩間)トシ(1944~1946)              

十六代 向山自助(1952~1969)18年間 1953年より金沢彦三教会

十七代 最上光宏(1970~1981)12年間 1975年より金沢元町教会

十八代 三輪従道(1982~2000)18年間

十九代 堀江明夫(2002~2017)15年間

二十代 大澤正芳 大澤みずき(2017~