死の陰の地に射した光

もう一ヶ月を切りましたが、今年も10月に教会修養会を一泊で行うことになりました。実は、私は泊りがけの教会修養会というものに参加するのが生まれて初めての経験で、母教会でも、信徒、教師として過ごしたその他、3つの教会でも、夏期学校を除いては、泊りがけで教会の皆さんと共に出かけたということがありません。そんなわけで、一泊の教会修養会というだけで少しワクワクしてきまして、楽しみにしています。しかも元町教会の集会らしく、牧師は、当日日曜朝の礼拝説教をすれば、後は、教会員が中心となって、発題していくと当初は聞いておりました。そんなわけで、私の中では、温泉に入りに行き、親睦を深めるという暢気な気持ちでいましたが、修養会係の話し合いが進んでいく内に少々雲行きが怪しくなってきまして、どうやらそれだけでは済まなくなりました。一泊で新しい牧師との親睦を深める。それが、今回の修養会の二番目くらいの目的ならば、それならば、牧師のことをもっと知りたいというわけで、私たち夫婦に証をしてほしいということになりました。

 正直言いまして、私は証というのがあまり得意ではありません。できればあまりしたくありません。私が信仰へと招かれた一連のことを話すとなると、あまり格好のいい話をすることはできず、自分の恥を晒すことになりますから、やはり、そこに躊躇を感じないわけには行きません。けれども、どうしても聞きたいというならば、話さないわけでもなくて、これまでも何度か比較的大勢の人の前で話す機会が何度かありましたし、多分、何人かの人にとっては直接に有益な話になるだろう、それならば求められた時は喜んで話すべきだろうとも思っています。

 それで、今日は自分の入信記のような話はしませんが、改めて、自分と教会との出会いと歩みを思い起こしながら、自分が、とても惹きつけられる主イエスのお姿、聖書のメッセージというのは、かなりはっきりしているという気付きが与えられてきたような気がしています。私がとても惹きつけられる聖書の言葉、主イエスの姿、聖書の私たちに対しての語り方、それがどういうものであるかというと、今日共にお読みした聖書の個所にも典型的に出ているもので、たとえば、16節のマタイによってなされた旧約の引用の御言葉です。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射しこんだ。」

 先週と今週の二週に渡って、文法用語を持ち出して恐縮ですが、私は、こういう過去形、完了形で書かれた聖書の言葉に慰めを感じます。「光が射しこんだ」。過去形、完了形で書かれています。今から起こることではなくて、既に起こったことです。私たちがどうこうすることではありません。神が神の側で、行動を起こされ、それが、後戻りできない形で、出来事となっているのです。聖書の言葉が、他のどの宗教とも毛色が違い、説教の言葉が、他のどの教えとも異なる特徴というのは、ここによく表れているのではないかと私は思っています。暗闇から光の方に出てきなさいと言うのではありません。死の陰の地から命の地への道に出て来いというのではありません。私たちがそこに行くのじゃなくて、光の方が、私たちのいる死の地へやって来るのです。

 私の神学校での恩師の一人にトーマス・ヘイスティングスという先生がいます。この方は、この金沢の地にも深いゆかりのある方で、アメリカの神学校を卒業してから、宣教師になり、1987年~1991年の4年間、北陸学院短期大学で英語科の教師を務められました。神学校の授業でも、よく、金沢での経験、たとえば、和菓子職人の仕事場を訪ねた時の話などをなさっていたことなどが思い出されます。そのヘイスティングス先生が、しばしば、私たちが問うべきは「W.W.J.D?ではなくて、W.D.J.D?だ」と仰っていた言葉に、私は、信仰の背骨を一本通されたという感謝を抱いています。W.W.J.D?という言葉を御存知でしょうか?もう10年以上前、たぶんもっと前に流行した言葉ですが、これはWhat would Jesus do?という言葉の頭文字を取ったアルファベット4文字です。このW.W.J.D?という文字の入ったリストバンドとか、ストラップとか、ネックレスとか、これらが、10年くらい前にクリスチャンに限らず、むしろ、スノーボードや、サーフィンをする若者達に、かっこいいと評判になり流行りまして、教会の外でもよく目にするようになった4文字です。しばらく教会外では見かけなくなりましたが、最近、また、ジャスティン・ビーバーが付けていたとかで、また、話題になったようです。このW.W.J.D?という言葉には、「こんな時、イエス様ならどうするだろうか?」という意味があります。様々な場面で、「こんな時、イエス様ならどうするだろうか?」ということを考えながら、自分の言葉や行為を選択していく、そういう指針です。アメリカの教会、あるいは社会でこういう言葉が流行り、若者たちがアクセサリーの形でいつも目につくところに身に着けて過ごし、形だけでしょうけれど、日本にも伝播しました。何かトラブルに見舞われた。ある選択が迫られた。「こんな時、イエス様ならどうするだろうか?」と言って、自分の歩みを選んでいくのです。

 教会の説教は何を話しているの?聖書には何が書いてあるの?その4文字は、この問いに対して一つの答え方をしていると思います。聖書と、それによって生きるキリスト教会とは、「こんな時、イエス様ならどうするだろうか?」ということを、聞き、考え、語り、実践することを求め、また、目指す集団だと、そういう風に理解することが出来ます。このような聖書理解、あるいは教会の説教理解は、とてもわかりやすいものだと言えます。私たちが教会に来る前に、聖書を読む前に、その説教を聞く前に、予想していたことと、これはよく一致すると思います。少なくとも私にとってはそうでした。私が聖書を手に取り、読みはじめようと思った理由、それは、人生の指針が欲しかったからです。まともな人間になりたかった。どうやったら人とうまくやって行けるようになるのか?どうやったら、ぶれない生き方ができるのか?人生の生き方のハウトゥーを聖書から教わろうと思ったのです。優しい人間になりたい、明るい人間になりたい、プレッシャーに強い人間になりたい、どんな苦難の中にあってもへこたれない人間になりたい、そのための秘密が聖書の中には書いてあるのではないか?2000年間の人間の価値観、処世訓の集大成がそこにあるのではないか?と考えて、聖書を読みました。それは、たとえば、今振り返って言い換えるならば、「こんな時、イエス様ならどうするだろうか?」という考え方と、その処方箋を求め、迷わない生き方を身に着けようと思って、聖書に近づいたということだと言えると思います。

 ところが、そうではなかった。実際に手に取ってじっくりと読みはじめると聖書はそういう書物ではありませんでした。聖書の1ページ目を開いても、その通りですが、それは、日めくりカレンダーにできるような格言とか、処世訓、人生の蘊蓄が語られているわけではありません。物語が始まるのです。

 初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

 それは、私たちが読んでいる新約聖書もまた、ただ、イエス・キリストが語られた言葉を集めた語録集ではなくて、福音書という物語形式で書かれているのと同じことであります。もちろん、聖書の中には、箴言のようなことわざ集もあり、十戒もあり、使徒の手紙の中のキリスト者に呼びかける戒めの言葉も多くあります。それは私たち人間が選ぶべき道として示されています。

 けれども、聖書は、創世記にしろ、出エジプト記にしろ、何よりも、福音書は、教訓、戒め語録集ではなくて、物語の形を取ります。いついつの時代に、神と人との間で何々が起こったと。なぜ、聖書がこのような物語の形をとるかというと、聖書が一番伝えたいことが、私たち人間が何をすべきであり、どう生きるべきかということではないからだと思います。聖書が一番伝えたいことは、神が私たち人間のために何をなさったか?ということだからです。

 だから、「イエス様ならどうするか?」W.W.J.D?ではなくて、「イエス様は何をなさったか」W.D.J.D?What did Jesus do?を問うのだと、ヘイスティングス先生は言いました。だから、聖書は物語の形を取ります。だから、物語の文体にふさわしく過去形、完了形の文体で書かれます。それは、その物語によって語られる出来事が、過去に属し、私たちとは関係ないからではありません。あるいは、歴史から現代の生き方を学ぶ具体的で読みやすい資料として、過去の説話として記されているのでもありません。そうではなくて、私たちに必要なことは、もうすでに神が先になさったからです。それは取り消すことのできない事実だからです。これから、将来に向かって、私たちが選択する生き方に従って、私たちは救われるのではありません。もう、神が既に行ってくださったことによって救われ、生きるのです。だから、物語の形式が用いられるし、だから、今日読んだ主イエス・キリストの出来事が、16節の過去形、完了形で記された旧約の引用によって、解釈されているのだと思います。

 私たちが今日聞いているそれだけならば、読み飛ばしてしまうだろう記述であると思います。「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。」これを私たちの聞くべき教訓として読み解くことはほとんど不可能であると思います。イエス・キリストが洗礼者ヨハネが捕らえられたと聞き、引っ越しされたという記述、これは、決してW.W.J.D?という視点からは読み解けません。私たちの生き方の参考になる教訓をこの出来事から引き出そうとすることは、たいへん貧弱な読みかたになることでしょう。だから、これは、「イエス様ならどうするだろうか?」という視点で読むならば、この引っ越しの記事は、主イエスの、「ためになる言葉」を導くための、箸休め、繋ぎとしか理解しないかもしれません。けれども、マタイはそのような読み方をしませんでした。マタイは、ここに決定的なものを見ています。つまり、この出来事の中にW.D.J.D?を見ているのです。つまり、それは、「暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射しこんだ」そういう救いの出来事だったのだと、語るのです。

 洗礼者ヨハネが捕らえられたと聞き、主イエスはガリラヤに退かれました。これは、新共同訳の表題に「ガリラヤで伝道を始める」と書かれているように、主イエスの公の伝道活動の初め、主イエスの公生涯の初めだと言われます。けれども、主イエスはその活動を「退かれた」と表現される場所で始められたのだということは、目立った言葉であると思います。退いた所で始まる活動です。たとえば、ヨハネの捕らえられた後に主イエスの活動が、神殿の町エルサレムから始まったならば、「退いた」という表現は使われなかっただろうと思います。あるいは、ギリシアの学術の町、アテネでその活動が始まったのならば、やはり、「退いた」という表現は使いにくかっただろうと思います。それらは、華々しい場所です。けれども、主イエスが活動を開始されたのはガリラヤであったから、ここで主イエスの活動の開始は、「退かれた」地での開始だったと書かれたのではないかと思います。もちろん、洗礼者ヨハネが捕らえられたと聞いて、主イエスがガリラヤに退かれたという記述を私たちが素直に読めば、洗礼者ヨハネの身に及んだ苦難が自分の身に飛び火することを防ぐため、ガリラヤに逃げ込んだと読めそうです。

 けれども、多くの学者は、このガリラヤの地は、ヨハネを捕らえた領主ヘロデの支配地域そのものであることを指摘します。だから、主イエスの引っ越しは、敵の懐の中に飛び込んでいくようなものであったと言えます。そしてそこで、17節を見れば、洗礼者ヨハネと寸分違わぬことを宣べ伝え始めたことが分かります。それは、逃げるということとは、正反対のどんなに危険な事であったかと思います。実際、この福音書を読み進めて行けば、第14章では、ヘロデは主イエスの評判を聞き、「あれは洗礼者ヨハネだ。死者の中から生き返ったのだ。」と理解しました。それゆえ、「退かれた」という言葉が使われる理由は、ガリラヤという土地柄に結び付けられて理解されるべきものであり、それは、旧約の引用が既に「異邦人のガリラヤ」と語り、また、さらに、そこを暗闇、死の陰の地と呼ぶように、ネガティブな土地である理由に拠ると言えます。エルサレムではなく、アテネではなく、ガリラヤに行くのならば、それはいつでも「退く」と表現せざるを得ないということです。都会ではなく地方、中心ではなく辺境です。主イエスの活動は「退いた」と誰からも見做される場所から始まります。いや、もっと、事柄に即して言えば、「退く」ことが、主イエスの活動の目標そのものだと言えるのではないかと思います。暗闇の中に住む者たちの元にいること、死の陰の地に住む者の元を目指すこと、それが主イエスの活動の目標であり、主イエスをそこへお遣わしになった神の恵みの御意志と業そのものであったと思うのです。

 13節の「住まわれた」という言葉は、別の翻訳によると、「居を定めた」とされ、そこに、どっかりと腰を据えるような主イエスの有り様を私たちに想像させてくれます。また、ある説教者は、そのことにこだわって、それは、「家を造って、そこに住んだということをはっきり意味する言葉が用いられている」のであると言います。カファルナウムの地、ガリラヤの地への主イエスの移住は、「権力の道を選ばず、やがて自分もまた捕らえられるために、自分自身の命を捨てながら、しかし、神の真理を語り続けるために、そこに自分の住まいを定められた…それは、幼子のやさしさです。」と語りました。つまり、ここにも、何気ないこの主イエスの移住の出来事にも、マタイがそれを正しくも読み取ったように、神の大きな恵みの業が現れているのです。それは、クリスマスの出来事と引き続き一致している出来事です。神が私たちと共にいるために、神のインマヌエル、我ら罪人と共にいたもう神の御計画の実現そのものとして、主イエスのガリラヤへの退却があると言えるのではないかと思います。

 「ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、/暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射しこんだ。」

 神は、暗闇を捨てて出て来いと言うのではありません。死の陰の地から、光の方へ、来なければならないと言うのではありません。私の方がそこに行くと仰るのです。いや、もう暗闇の中にいるあなたの元にいる。あなたのいる死の陰の地に私は来たと仰るのです。だから、神が来られたというだけで、そこは光であり、暗闇の地でも、死の陰の地でもなくなるのです。神が共におられるということが光であり、神が共におられることが命だからです。

 前の教会に全盲の神学生がいましたが、その方が良く仰っていました。「自分は、生まれた時から光というものを感じたことがないから、聖書に書いてある神が光だということにいまいちピンとこない。そのことをいつかわかるようになりたいと思っている」と。これは目が見えている者にはわからない切実な願いであると思います。しかし、その彼が、既に教会の中にいるということはとても示唆深いことだと私は思いました。光を自分の感覚で感じることが出来なければその光であるキリストは存在しないのでもなく、あるいはその恩恵を受けることが出来ないのでもありません。神が光であることが分からなくても、その者は、光である神の者です。決定的に大事なのはそのことです。大切なことは、私たちの理解に先立って、光の中に既に私たちは置かれている、主イエスは既に私たちと共におられるということだと思います。

 その時に、私たちに主イエスが語りかける「悔い改めよ。天の国は近づいた。」という言葉が、はじめてよく理解できるようになるのではないかと思います。「悔い改め」は、私たちが光の地に置かれるため、あるいは、私たちが主イエスと共にいるようになるための前提や、満たすべき業とは決してなりえないということです。

 神学者のカール・バルトという人は、「悔い改め」という私たちに語りかけられる神の促しについて、印象深いいくつかの言葉を語りました。今日私たちが聞いている、主イエスの最初の宣教の言葉にも関連して、たいへん心に残る言葉を語りました。悔い改めという呼びかけに向き合う時、私たちは直ぐに、「後悔とか、恥とか、歯ぎしりのようなものを、きっと考えるだろう。」と。もちろん、神の国が近づいた時に、私たちがそれまで大切に思ってたり、大切にしてきたものは、永遠のものでないゆえに、後悔と恥をもって見ないわけには行かなくなるだろう。けれども、主イエスの呼びかける悔い改めは、「何ら暗いものではなく、むしろ、全く明るいものだ…ホッと一息つくことを意味する」と言います。なぜならば、「福音を信じるとは、人間からではなく、神から良い知らせとして語られたことを、妥当させることを意味している」からだと言います。神がなさってくださり、私たちに起こったことを、改めて聞かされ、改めて、自分たちがどういうものとされているのかを知り、「その通りです」ということです。だから、悔い改めとは、す「べき」ものではなく、せ「ねば」ならないものではなく、「ゆるされている」ことなんだと言います。ホッと一息ついて良いのです。自分は一人だと思うこと、自分は闇の中、死の陰の中にいるという考えから完全に向きを変えることが許されているのです。カファルナウムに居を構えられた主イエスとは、私たちの元に来られた光だからです。華やかな部分ではありません。闇と死が支配しているような私達人間の地域を、だから、私の心の暗闇を住まいとしてくださったのです。そこはもう暗くはありません。死に打ち捨てられてもいません。キリストの光に照らされた場所であり、そこは、私たちが神と共に過ごす場所であります。私たちは、その通りですとお礼を申し上げるだけです。

 そのキリストの、暗闇と辺境に向かう旅が果たしてどこまで続くものであるか?聖書を読み通せばわかります。それは十字架に至るほどのものであり、だから、キリストが御自身の光の中に入れてしまわれた所には、限りがないのだということを私たちは、改めて、思い起こさずにはおれないのです。